メインコンテンツへスキップ

オーストラリアワーキングホリデーBlog -nanairo-note-

新卒で入った会社を半年でやめてオーストラリアへ冒険に出た私のずぼら日記。

オニオン工場、卒業!〜オーストラリアでの工場勤務の話と今後の予定〜 #13

onions factory

ついに、長かったonion lifeが終了しました。


6週間のオニオン工場勤務。強化合宿かなって思うくらいほんまに精神鍛えられる6週間やった。


私生活もなかなかに波瀾万丈で、ざっと振り返ると、


まず徹夜でメルボルンからタスマニア行きの早朝フェリーに乗り込み、


最初の家が不快なほどに汚くて4日で引越し、


Penyと名付けたペンギンを一晩飼い、


大人になって初めてくらいに人から露骨に嫌われタイアレルギーを発症し、


車を買ってレンタカーを返す日には仕事の行き帰りも家でもほぼ会話を交わすことはなくなり、


Singapore出身のVanessaと旅友になって仕事後と週末はほぼVanessaと過ごすようになり、


家主とトラブって家を退去しないといけなくなり、


インスタで度々登場してたゲラのUS girl (Tara)が助けてくれたおかげで奇跡的にタイガールと家主の両方から同時に離れることに成功し、


新しい家での大家族生活は毎日賑やかで色んな国の友達ができて、


車を失ったけど人に恵まれて色んな人に助けてもらって仕事も続けられて、


3月17日、Launcestonっていうタスマニア北部で一番大きい町(それでも小さい、これがタスマニア)で新たな生活を始めました。


(ざっとって言ったのにこの6週間で色々起きすぎて全然要約できひんかった。)


私のブログを追ってくれてる人のほとんどがインスタも見てくれてる家族か友達やと思ってるんやけど、もしそれ以外にもいたら、オーストラリアでの生活をあげてるインスタの公開アカウントはこれです→@nanairolife__au

オニオン工場の様子

オニオン工場の勤務は、、


毎週月曜日から金曜日、朝6時から昼の2時までの7.5時間(lunch break 30分)。


工場の仕事は結構時間も機械的で、6時始業、8時半に15分のsmoko(労働時間に換算される休憩、smokoはオーストラリアのスラング)、11時半に30分のlunch break(オーストラリアでは労働時間が6時間以上なら30分の休憩が必要)


まあそんな感じで、毎朝5時に起きて寝ぼけながら過酷な労働に向かっていました。


主な仕事は、オニオンのgrading(格付け?仕分け?)とpacking。そして、たまにシール貼り。


始業時間の6時になるとサイレンがなって、それと同時に機械が動き始めます。


最初はお試し期間だったのか色んなgradingのレーンを行ったり来たりしていたので同じ工場の中でも少し違う景色が見えたものの、途中からは1日中(なんなら1週間ずっと)同じレーンでひたすらにオニオンちゃんをgradingしていました。


私が勤めていたオニオン工場では、格が高い順にclass1, class2,class3, と流れてくる大量のオニオン達をgradingし、それと同時に売り物には及ばないオニオンとたまに流れてくる巨大な砂の塊を捨てるという作業を求められました。


機械が止まらない限りオニオンは元気にレーンを転がってきて、たぶん10個のオニオンを3秒くらいでgradingしてたと思う。


オニオンの質が悪い時は、永遠と格の低いオニオンを奥のレーンに投げ続けなあかんくて、一人オニオン合戦で腕が悲鳴をあげていました。


あと、たまにダブルチェックにくるgradingのbossに、オニオンのサイズ、傷の大きさ、皮の向け具合をそれぞれ見せられて 'This small can stay, this big come out 'って言われるんやけど、 どれも感覚の話すぎて数秒後にはその小さい大きいの感覚を忘れてまたbossが来るみたいなことを繰り返してました。

それから、工場の中はオニオンの埃が舞っていて、全身で埃を被るから顔も服も真っ黒。 

マスクをしていても小さい埃が入り込んで、ちょっと汚い話やけど鼻の中までも真っ黒。


ちょっとだけ想像してみてほしい。7.5時間オニオンと向き合って毎日真っ黒になって帰る生活を。


帰りたい、いくら2年目ビザのためやとしてもキツい、が正直な感想でした。


↓ 工場勤務の服装。(High visと帽子と耳栓はMUST、埃で目が開かなくなるのが怖くてコンタクトを付けて行ったことない)

でも、どんなに仕事がきつくても、オニオンが悪夢やと思えても、素敵な友達・仲間に出会えたのがこのオニオン工場。


ちょっとだけやけど、オニオン工場にもありがとうと思ってる。


Onions, I will never come back but thank you.

紆余曲折あったLauncestonプラン

Devonportから車で1時間半くらいのLauncestonへ拠点を移しました。


今は、大家族暮らしをしていた時のハウスメイト3人とまた一緒に暮らしています。


タイトル通り、この暮らしに行き着くまで計画があっち行ったりこっち行ったりしていました。


最初は、オニオン工場やめて3月の2週目からVanessaと違う地に移ろうとしていました。


でも、Devonportより西側の海岸をもうちょっと旅したいよねってなって、予定を2週間延期することにしました。(mainlandと並ぶと小さく見える島やけど想像の3倍でかいタスマニア)


移動予定の2週間前から色々と進め始め、Launcestonの宿を確保して、仕事探しの現地エイジェントにレジュメも出してあとは仕事を獲得するだけってなった時に、Vanessaが1週間メルボルンに帰らないといけなくなったのと1年目ビザの失効が迫っていてリスクを負えないということで、一緒にLauncestonに行くプランはなくなりました。


車がないからオニオン工場脱出は無理かなってなった時に、保険で応募してたvineyardからgrape pickingの仕事がきて、そのvineyardで働いている大家族時代のハウスメイトに車で拾ってもらえないかと聞いたら拾えるよって言ってもらえたので、自分のLaunceston行きを決めました。


で、なんで今そのハウスメイトと同じ家で暮らしているかというと、Launcestonはほんまに家探すのが難しくて、みんなキャンプ場で寝泊まりしていたんやけど、2人は凍えて1人はマットレスが壊れて、ちょうど自分が確保していた2部屋にベットが4つ備わっていたのでみんなで暮らすことになりました。


grape picking初日に異例すぎる10時間労働やって、2週間先に働き始めてるハウスメイト達は激おこで、次の日にみんなでday offをとるという早速また何か起きそうな予感やけど、まあどうにかなるでしょう。


あとね、Devonport最後の週末にVanessaといっぱい旅して家も泊めてもらって、オニオン工場で最初に話した日のことから今後のことまで話して、


’色々うまくいかないこともあったけどもし(Vanessaが)ビザに余裕を持って88daysを始めてたら(私が)タイガールと問題なく過ごしていたらこうやって出会って一緒に旅していなかったかもしれない’


って言ってくれてなんか人と出会うのは奇跡なんだなと思う日でした。


まあ紆余曲折ありましたが、まだまだ問題は尽きないと思いますが、無事新たな地で楽しい生活を始めています。

今後の予定

Launcestonで2週間過ごしたあと、南方にあるTasmaniaで一番大きな街Hobartに移ります。


Hobartでは旅友のVanessaと暮らします。4月2日に一緒にLauncestonからHobartに向かう予定です!楽しみ!


で、Hobartで3週間過ごした後一人mainlandに戻ります。4月22日Brisbane行きの飛行機を取りました。


88daysはまだ終えていないし、絶対にTasmaniaに残る方が簡単やけど、自分を試してみたくて大きく飛んでみます。


色々失敗していてもあたたかく見ていて下さい。


Thank you.

×
Stay Informed

When you subscribe to the blog, we will send you an e-mail when there are new updates on the site so you wouldn't miss them.

オーストラリアでのファームのお仕事 #14
タスマニアに来て1ヶ月、2度目の引越し #12 ~車とベットを失いソファ生活を手に入れました~
 

コメント

コメントはまだありません。コメントを投稿する最初の1人になって下さい
2025年04月25日(金)